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和気閑谷高等学校

校長日記 26.07.27

2026/07/27

校長日記

昨日、本校のゆかりの地である旧閑谷学校で開催された文化講演会に参加してきました。テーマは「大鳥圭介と閑谷学校 -近代化の礎となった閑谷精神-」です。

大鳥圭介といえば、幕末の伝習隊隊長や箱館戦争の姿を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実は、明治以降の日本において産業や教育の底上げに大きく貢献した「日本の近代化の立役者」であり、何より私たち本校の歴史の源流に連なる大先輩の一人です。

彼は今から180年前、14歳の時に閑谷学校に入学しました。兵庫県の上郡にあった生家から「閑谷学校で学びたい」と強く熱望しての入学だったといいます。平日は学校の寄宿舎で寝食をともにしながら学び、週末には片道20数キロもの山道を歩いて往復していました。それほどまでの強い意志と情熱を持って、彼は5年間にわたり閑谷学校で漢学を修めたのです。ここで育まれた日本の伝統的な道徳観や、大局的な視野(物事を大きく見通す力)こそが、彼の生涯を支える揺るぎないベース(根っこ)となりました。

その後、大阪の「適塾」へと進み、西洋の合理的な思考や最先端の科学技術を吸収していきます。東洋の精神(和魂)と西洋の技術(洋才)を高いレベルで兼ね備えた知識人であったからこそ、のちに工部大学校(現・東京大学工学部)の校長や学習院院長、外交官として、新しい日本の土台を築く偉大な業績を残せたのだと、講演を聴いて納得しました。

講師の方は、閑谷学校に学んだ大鳥圭介が当時の日本で果たした役割は大きく、彼は高い倫理観に基づく「知力」「決断力」「現場力」「人間力」を備えていたと講演を締めくくられました。彼の豊かな人間性は、この閑谷学校に負うところが実に大きかったのだと実感させられます。

いま、私たちは「予測困難な時代」を生きています。しかし、幕末から明治という現代以上の激動期を駆け抜け、日本の未来を切り拓いた大先輩の生き方から、私たちが学べることは山ほどあります。

旧閑谷学校で培われるような「豊かな人間性と大局観」、そして新しい知識を柔軟に受け入れる「探究心」。この2つの力をバランスよく発揮することが、これからの時代をしなやかに進むための大きな推進力となります。

生徒の皆さんが今、日々向き合っている勉強や部活動、そして仲間と語り合う時間は、すべて大鳥圭介が情熱を持って閑谷で過ごした時間と同じように、未来の自分を支える大切な「根っこ」になります。

わが校の歴史と伝統に誇りを持ち、変化を恐れず、広い世界へ視野を広げていきましょう!

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